「牛を担保に運転資金」日経新聞2016年8月20日(土)

 近江牛を担保都市、滋賀銀が数千万円を融資することが決まった。動産担保融資(ABL)とは、商売の対象となる品物の価値を算定して資金を貸し出せるという仕組み。記事によれば、滋賀銀が和牛の肥育農家にABLを適用するのは2件目。先行例は、畜産王国の九州で、鹿児島銀行による農業分野のABLが増加する中、全体の件数の8割が牛を対象としているそうだ。


○通常の担保方法とその限界
 民法典にある担保、いわゆる典型担保は、先取特権留置権、抵当権、質権。このうち、融資などの際に当事者の契約によって設定される約定担保は抵当権と質権の2つ。銀行の融資の際にはこういった約定担保が活用されるが、質権は担保物の占有移転を伴い、担保権者としては担保物の管理にコストがかかる。そのため、多数人との取引をする銀行としては、占有移転を伴わない抵当権の活用が多く行われることになる。高い価値を有する担保物を担保権設定者の下にとどめることになるため、担保権設定者としても、土地や建物などの担保物を賃貸するなどして、その担保物を利用することによりお金を稼ぎ、返済に充てることができる。
 しかし、抵当権は不動産にしか設定できない。占有を移転しないということは、誰が何に対してどの程度の担保権を設定しているのかが外部からはわかりづらい。何も知らずに取引をしたら、目的物に担保権が設定されており、強制的に競売に欠けられるなどして第三者が不利益を被る危険がある。そこで、抵当権の設定は、第三者に対する公示機能を果たす不動産登記制度と結びついているのである。
 そうすると、お金を借りようとする人の持つ資産には限りがあるため、抵当権による担保権設定は1つの不動産に対して二重三重と設定されることがある。こうなっては、この不動産から債権回収をする期待が減り、十分な担保がなく、融資をしてくれないという事態を招いてしまう。価値の高い動産に設定しようとすると、民法典には質権しかないため、担保権設定者がその動産を運用して資金を得ることができない。そこで、不動産以外の価値ある資産に対してどのように担保を設定するかについて、実務上工夫がされてきた。その一つが譲渡担保であり、今回のABLはその一つに位置づけられる。


○ABLの特徴とその課題
 ABLとは企業の事業価値を構成する在庫(原材料や商品など)や機械設備、売掛金などの資産を担保とする融資であり、事業に必要な資産を担保として提供するが、通常の営業の範囲内では担保とされた原材料や機械などを生産活動に利用でき、また商品も取引先に販売することができる。判例によれば、譲渡担保契約では担保物の所有権は貸主に移転する。それにもかかわらず、弁済期到来までは通常の営業の範囲内で借主が自由に利用処分できることが特徴である。
 また、とりわけABLと言われているものは、借り手企業と化しての間の緊密なコミュニケーション関係に基づいて行われる融資であるとされる。借り手には、貸し手に在庫内の担保物の増減を報告する義務があり、これによって担保資産の状況を共有し、銀行のような貸し手から業績に見合った経営へのアドバイスを受けることができる。これによって資産運用の効率化が図られ、結果として弁済の期待を高めることにつながる。
 譲渡担保は、判例法理によって認められ、形作られてきた担保権であるが、登記制度と連動している抵当権と比べて、公示機能の弱さに難がある。動産の場合には第三者対抗要件として引渡しが行われれば十分であり、譲渡担保契約に基づき占有改定による引渡がなされれば、貸し手に所有権が移転し、即時取得が成立しない限り第三者に対して担保物に対する所有権を主張できる。
 経済産業省のABLの案内によれば、ABLの利用には担保契約と資産の登記が必要とされ、動産譲渡登記等をすることを求めている。しかし、動産は多種多様であり、逐一登記するのには不便が伴う。課題としては、登記制度の使い勝手の改善が必要となろう(また、そもそも占有の移転を伴わない「占有改定」による引渡を団参者対抗要件としないといった解釈・運用をありえよう)。
 また、いざ不履行となり担保実行となれば、貸し手により在庫を処分換金して充当することになる。担保が牛や豚などの家畜、あるいは野菜など生鮮食品の場合には、担保実行の際の販売先の確保が重要な問題になる。借り手の事業の評価と相まって、こうした担保実行を見越したプロセス全体を審査することでABLによる融資がなされるかが決定される。事業の効率化が図れない、あるいは販売先の確保ができないと判断されれば、結局融資はなされない。


○今回の決め手と今後
 今回、融資が行われた加賀屋は、料亭向けに近江牛を卸しており、歌舞伎俳優からも注文が入るなどの販売力が評価されている。また、牛は法律に基づきトレーサビリティ(生産履歴の追跡)制度がある。耳のタグで個体を識別し、どこにいくらで売ったかなどが追跡できるようになっており、担保価値を算定しやすく、また事業の効率化を図る土俵が既にできている。
 ABLは民間がリスクをとって第一次産業を支援するのに大きな役割を果たす。ABLをきっかけにして、銀行や企業、またはその関連する協会などが連携して経営の効率化を図り、新規の事業を行う機会を与え、競争力の強化を促すことが期待できる。今後は、ABLの発展を促す関連分野の整備が必要であろう。ABLでは、資産そのものだけでなく、むしろ資産を運用する事業体としての将来性や活動力に担保としての価値が見出されている。この点についての担保法としての法的処遇の精緻化(貸し手はどこまで借り手の行為に介入できるのか)や、前述した登記制度の見直し、あるいはそもそもどのような公示制度を採用するかについての議論が必要であろう。